武勇伝(ママチャリの旅)について書かれています。チャリの旅はいいよ〜!

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2007年01月26日

第十四回武勇伝 高尾山リベンジ〜杉並区の罠〜

(『迷ってこそ』からの続き)
 新宿代々木ループを越えたブユウデニストたちは、甲州街道へと辿り着く。甲州街道をひたすらまっすぐ行けば、高尾山まで行くことが出来るのである。しかし、今回も零の都合により吉祥寺を経由して高尾山を目指さなければならない。
 甲州街道に入ってまもなく、吉祥寺へ向かうために甲州街道を脱出したのであった。しかし、今回は誰一人として地図を持っていなかったためここでのルート選択は完全に気分。しかもその辺りは住宅街ということもあって道は真っ直ぐではなく曲がりくねっている。なので方向感覚を維持していくのは至難の業だった。
 ここでは杉並区の罠にはまりかけたブユウデニストたちであったが、交番を見つけるとためらいもなく道を尋ねたことによって方向感覚を失わずに吉祥寺まで到着することに成功。しかそい、当初の予定よりも大分遅れた到着となってしまった。

 吉祥寺に到着し、零の用事を済ませた後にようやく昼食タイム。初参加となる81の疲労具合が心配だったが、さすがに運動部に入っているだけあってまだまだ余裕だった。

 次回に続く
posted by ヅラ at 21:17| Comment(21) | TrackBack(0) | 武勇伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月28日

第十四回武勇伝 高尾山リベンジ〜迷ってこそ〜

高尾山リベンジ〜新宿〜(『prologue』からの続き)


 8時に出発したブユウデニスト。ここから新宿までは知っている道であるし、地図なんてなくても余裕で行ける。

 ただ、この日は平日。しかも朝。なので大通りを通ると人がたくさん。

 しかし、大通りから外れると道に迷ったり、時間をロスすることになることは目に見えている。ということで仕方なく人ごみの中を突破していった。

 新宿への道はあまりにもおなじみなのでたいしたことはなかったのだが、九段の坂だけはきつかった。さすがのブユウデニストたちもここでは悲鳴をあげていた。


 新宿に着き、線路の下をくぐってふーっと一息ついていたら、零と81の姿がないではないか。

 ここは慌ててもしょうがないので、冷静に携帯電話で連絡を取り合う。鎌倉〜横須賀編でもはぐれたピンチがあったが、このときも携帯電話によってピンチを切り抜けていた。まぁでもやっぱひと月5000円も払ってるんだから、これぐらいやってくれなきゃあねぇ。改めて携帯すげー。


 再び線路の下をくぐり、新宿駅で合流してすぐに出発。

 しかし、ここでまたしてもアクシデントが。なぜか代々木駅に行ってしまったではないか。中央線の駅は代々木→新宿→大久保である。戻ってる?


 代々木駅前にて、第十三回武勇伝にてお世話になった「かつ屋」の看板を見て、ブユウデニストのテンションは上がる。

 迷ってしまったが、これもまた武勇伝。迷ってこそ武勇伝なのだ、とまだ時間にも余裕があった(?)っぽかったので、自らのミスを認めず調子に乗っていたブユウデニストであった。


 次回に続く
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2006年09月14日

第十四回武勇伝 高尾山リベンジ〜prologue〜

朝の新宿 第十四回を迎えた武勇伝。

 その行き先は、第七回武勇伝で一度は行こうとしていたが、時間の関係で断念した高尾山。

 今回は、夏休みを言えどブユウデニストたちが多忙なため、長い日程を確保することが出来なかった。
 日帰りで行けるであろう距離を考え、以前断念した高尾山への旅が決まった。


 今回の武勇伝は零・エロ・81と私の4人で挑むことに。


 81は今回の武勇伝が初参加となり、ブユウデニストの仲間入りを果たした。


 当日の天気予報は雨であったが、なんとか曇り空だったので決行。しかし、零が前日からお腹を壊すと言う事態に陥り、スタート時刻は予定の7時30分からちょっと遅れて8時となった。


 いきなりのアクシデント。今回の旅を暗示しているかのようだった。



 『迷ってこそ』に続く
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2006年05月01日

自転車の整備は半年に1回

 整備に出してた自転車を迎えに行ってきました。



 そしたら整備にかかった料金が2000円!!!!!


 たけー!!


 マジデスカ……。4月の給料は就活やってたおかげで3万弱しか入らなかったのに。


 整備されたチャリに乗ってみると、ブレーキレバーが鬼のように固くなってる!!
 あとは、スタンドの上げ下げがやりやすくなった。

 あとは……特にないっす。

 肝心の漕ぎやすさは変わらず。



 んで、チャリ屋のおっちゃんが言ってたんだけど、チャリンコは半年に1回整備しないと道路交通法違反になるらしい。


 半年以上自転車を整備していない人はチャリ屋へ行こう!!
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第十三回武勇伝概要決定

 このブログもずいぶんサボってたけど、ゴールデンウィークの3〜5日に第十三回の武勇伝が行われます。


 今回は武勇伝史上最長期間となる3日間。ついでに距離も今までで最長。

 1日目 東京→宇都宮(餃子)

 2日目 宇都宮→日光or鬼怒川温泉(観光)→宇都宮(餃子)

 3日目 宇都宮→東京

 といった感じです。


 今回の武勇伝は過酷な旅になること間違いないんで、愛車のママチャリをチャリ屋に預けて整備してもらってます。

 武勇伝ではおなじみのヴァームはドンキでまとめ買いしたし、雨具も買ったし、チャリは整備出したし、準備は万端!ジーパンよりもジャージの方が疲れないって話を聞いたから、ジャージの下もわざわざ買っちゃったしね。

 あとは出発を待つのみ!!過酷な旅になるだろうけど、楽しみだなぁ。

 これからチャリを取りに行かないと。
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2005年10月01日

自転車のない生活で気づいたこと

 9月の前半は、自転車を修理していて、自転車のない生活をしていた。自転車のない生活ってのはずいぶんと不便なもんで、どこへ行くにも歩き。しかもこの時期(9月前半)は暑い。いつもならすぐに着いていたとこも30分以上かかったりと色々と不便な思いをした。

 しかし、歩くってのもなかなかいいものだなっと気づいた。音楽でも聴きながらのんびり歩いていると軽い気分転換になる。それに今の私のような運動不足の人には健康にもいい。WALKINGしてる人がよくいるのも納得できる。
 長くても40分は歩けば駅やバイト先につくことができるし、時間に余裕があれば歩きでも全く問題ないんじゃないか、とも思えてきた。
 着実に一歩一歩、歩いていけば必ず目的地に着くことができる。これは武勇伝を始めたことでも分かったことだったが、歩いていることで改めて気付かされた。
 このことは、なんにでも言えることだろう。一歩の距離は少なくても、時間を重ねてそれを継続していけば目的に達することができる。
 こんな当たり前のことだけど、大事な事に気づいたチャリのない生活でした。
posted by ヅラ at 13:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 武勇伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月26日

第十回武勇伝後の自転車

 第十回後のマイチャリは、どうもおかしい。走ると後輪がギシギシ言う上に、以前からあったゆがみもひどくなってきた。でもまぁ大丈夫だろう、と思っていた。
 武勇伝から二日後、一日の休暇の後チャリに再び乗ったとき、それは起こった。
 後輪のゆがみがさらに増し、タイヤがフレーム部分に引っかかって『ズー、ズー』と一定のリズムを刻むようになってしまったのである。このままではタイヤが磨り減って駄目になってしまう!とチャリをあきらめた。
 幾多の武勇伝をこなしてきたこのチャリと、このままお別れというわけにはいかないので、直してみようと試みた。最初は後輪を買ってくればいいんでしょ!と簡単に思っていたが、後輪を買おうものなら5000円はくだらないということであきらめた。先月は実習に行ってたのでバイトにも入れずお金も少ない。
 次に、家にある使っていない自転車の後輪を頂こうと思い付く。自分のチャリは26インチだから、26インチのチャリは〜と探していたらパンクしているのがあった!!よっしゃー!!コレであとは後輪を付け替えるだけだ!
 そして後輪を外す作業を始めた。











 二日もかかった。そして2台目の後輪を外した。これは慣れのためかそんなに時間はかからなかった。そして、2台の後輪を外して、あとは入れ替えるだけである。
 はめてみた。
 ん?なんかおかしい。なんか一回り小さい。え゛!!マジっすか!?このチャリって27インチだったのかよ……ずっと26だと思ってた。
 期待は失望へと変わり、再び後輪を各自転車にはめたのであった。もう新車しかないのか……
 自転車がない生活ってのはかなり不便で、しょうがないので後輪を頂こうとしていたパンクチャリのパンクを直して今はしのいでいる。

 やっぱいいチャリを買おう。パンク修理をしてもらったチャリ屋のオヤジも2万ぐらいならいい自転車が買えると言ってたしね。安い自転車は一応形にはなってるけど部品だとかなんだとかがよくないらしい。だから安チャリはちょっとでもおかしいと思ったら即チャリ屋に持ってこないといけないらしい。長期的に考えるのなら修理費とかを考慮すると、高いのを買ったほうが結果的に安くなるって言ってた。
 お金に余裕ができるまでは今のチャリでしのごう。
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2005年09月17日

第十回武勇伝 鎌倉−横須賀編〜epilogue〜

水中メガネ『家に着くまでが……』からの続き)
 品達を出たブユウデニストたちはチャリンコモード全開!それを見ていた警備員は驚いていたようだった。そりゃ驚くわな。変な3人組が一斉に合羽着始めたら。
 雨も弱まり、ここからはまさに近所なので、1時間もあればいけるだろーと高をくくっていた。雨も止み、チャリも快調に進んでいた。
 しかし、我が町江○区に戻る直前でアクシデント発生!仲間のブユウデニストが腹を壊してしまったのであった。途中で飲んだ冷たい飲み物がまずかったらしい。永代橋の直前にあるコンビニでお腹が治るのを待つ。
 腹を壊したブユウデニストは、トイレから出てくるなり「敵は己にあった」とカッコいい台詞で締めた。
 ついに近所に着く。一人はバイト先のファミレスによるということで、タンクトップ焼けの写真を撮ってお別れ。
 そして、家に到着!!帰ってきた。ホントに長かった。そのとき時間は0時を回っていて、日付は変わっていた。
 そういやよく考えてみたら、「鎌倉−横須賀」が20キロ、「横須賀−家」が60キロ、合わせたら80キロってことに気づく。しかも山道含む。ってことでコレは山道のない宇都宮に匹敵するぐらい大したもんだったって言えるかもしんない。
 今回の第十回記念大会は距離にはこだわらないってことだったけど、結構走ったんだね〜、と走った後に驚いた。
 これらから結局、海で遊ぶと武勇伝の比は、2:8と言ったところだったのだろうか。チャリの旅はかなり楽しめた。欲を言えば海がもっと温かかったら良かったのになぁと思う第十回武勇伝記念大会でした。
 そしてパンクゼロ武勇伝も達成できた。これはホントに運が良かったとしか言いようがない。相変わらず帰りはアクシデント続きだったけど。


 武勇伝終わったあとのチャリはなんか走ると変な音がする!もうあのチャリも引退なのかも……。


 武勇伝後の自転車の行方
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2005年09月14日

第十回武勇伝 鎌倉−横須賀編〜家に着くまでが……〜

大田区突入『最大の敵』からの続き)
 横浜まで来ると、今回の旅もなんだかもう終わったような感じがして、達成感に見舞われた。あーもう終わりだなぁと思っていると仲間から、「遠足は家に着くまでが遠足です」とお決まりの一言を言われる。そして今回はパンクゼロ武勇伝にしなければ!!と気合を入れた。
 そういや去年の4月にはあった(動いてなかった)ランドマークタワーの回転ドアはなくなっていた。
 横浜からのルートは熟知している(ってかほとんど一本道)なので楽勝。雨も降ってないので車道を漕ぎスピード上げ神奈川を脱出し、難なく東京へと帰還を果たした。
 六郷橋を降りたところのローソンで、今まで着ていた合羽を脱ぎ、最終戦闘の体制は整った!!あとは最後の目的地、麺達七人衆 品達へと向かうだけだった。
 しかし、品川駅ももう少しってとこで急に雨が降り出す。品川駅までもうすぐだし止まってられないよ、とチャリのスピードを上げたが、コレはちょっとヤバイってぐらいの雨量になってきた。ここにきて今日の中で一番のヒドイ雨が降ってきて、建物の影に非難した。もう北品川駅なのに……。再び合羽を装備したブユウデニストたちは降りしきる雨の中、品達へと行くことが出来た。今思えば、このレベルの雨が神奈川にいるときに降ってなくてよかった。
 合羽を脱ぎ、ビニール袋に包まれた荷物を持って麺達内を歩いていた。その格好は、すれ違う人に「そんなに降ってんの?」と言われるぐらいの格好だった。
 22時半閉店の蔵六という店に、22時過ぎに行った。スープは結構好きな味。麺も良い。しかし、奮発して頼んだトロ肉ラーメンのトロ肉の旨さが微妙だった。スープは油が凄かったが、お腹がへっていたので飲み干した。
 食通でもあるほかのブユウデニストたちは、店を出たあと、一斉に蔵六批判を始めた。値段が値段だったからね。そういや前回武勇伝で他の店に行ったときも微妙だったんだよなぁ。まぁ一番人気のなんつっ亭には行きたいね!


『epilogue』に続く
posted by ヅラ at 11:57| Comment(1) | TrackBack(0) | 武勇伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月13日

第十回武勇伝 鎌倉−横須賀編〜最大の敵〜

ヤバイ雲行き『横須賀でのひととき』からの続き)
 とりあえずは帰るしかないんだ!16時半ごろに東京の向かってチャリを漕ぎ始めた。雲行きは怪しくも、結構もってくれて、チャリは順調に進む。しかし、金沢八景駅に着くちょっと前ぐらいに雨は降り始めてきた。始めのうちは気にならない程度であったが、少し経つと気になるくらいの雨量になってきた。今回は晴れる!と信じきっていたブユウデニストたちは雨対策を全くしていなかったので、合羽はおろか、荷物を守るビニール袋すらも無かった。そこで、SEIYUがあったので、ゴミ袋を購入。合羽は無かった。
 ザーザーぶりでもなかったので、合羽を買わずにいたが、SHOP99があったので、もしものときのために合羽を購入。
 日はすっかり暮れ、雨の降る中前に進もうとチャリを漕いでいたが、そのとき事件発生。一人とはぐれてしまったのだ。最初は「いないなぁ、あいつはえーなぁー」と思っていたが、あまりにも見えなさすぎるので携帯に電話してみた。そして事実が発覚した。東京に向かうにはある地点(ヤマダ電機のところ)で曲がらなければならなかったのだが、私ら二人がそれを見落として直進してしまったのであった。気づくのが遅れたので、両方ともだいぶ進んでいて、合流するのに時間がかかった。そして、結局遠回りの道を進んでいった。このとき、携帯電話が無かったら……と思うとゾッとした。合流することは出来なかっただろう。そう思いブユウデニストたちは現代技術の進歩に感謝を告げた。
 合羽は要らん!と粘っていたが、ちょっとヤバくなって合羽を装備してみた。すると、結構良い!!コレなら戦える!!と防御力を上げモチベーションも上がっていった。
 遠回りしたせいか横浜につく頃に時間は19時30分を回っていた。横須賀から3時間もかかった。横浜には、今まで色んな思い出があるが、最近は仲良くなれてきたようで、雨は止んでいた。


『家に着くまでが……』に続く
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2005年09月12日

第十回武勇伝 鎌倉−横須賀編〜横須賀でのひととき〜

横須賀カレー像『山道への挑戦』からの続き)
 ところでなぜ横須賀かというと、そこにはhideMUSEUMがあるからだ。ブユウデニストの中にX JAPANファンがいたので、今年の9月に閉館となってしまうhideMUSEUMに行きたかったからである。
hideMUSEUM hideMUSEUMを探し出し、着いた頃には時間は14時になろうとしていた。入場料は1500円。申し訳ないがそこまでのファンでもなかったが、なんのためにあの山道を越えて横須賀まで来たんだ、と思いお金を払った。武勇伝中は財布の紐は緩い。まもなく閉館ということで、平日ながらもそれなりに人はいた。
 館内に笑っている人は一人もいない。皆、真剣な顔をして展示品を見つめていた。hideのラジオを聞けるコーナーでは、うずくまってラジオを聴いている人もいた。
 hideの歴史が書いてあるコーナーで、亡くなった日が書いておらず、いつ亡くなったんだっけ?と疑問に思っていた。よく見てみると、1997年5月2日に時間だけが書かれていた。
 実際に使っていたギターや車、衣装が展示してあったり、渡すはずだったNEWギターの話もあり、ファンなら一度は行ったほうがいいだろう。
 館内にあるトイレはミュージシャンチック?で幻想的だった。特に様式便所がすごかった。気になる人は9月25日までに行きましょう。
 hideミュージアムを後にしたブユウデニストたちは、カレーを探しに横須賀中心部へと戻った。横須賀に来たんだからやっぱカレー食べないとね。
 カレーを食べたが、まぁカレーだしおいしかったが大きなサプライズは無かった。牛乳も一緒に出てきたんだけど、牛乳なんて久しぶりに飲んだ。何年ぶりだろうか……
 カレーを食い終わり外に出てみたら、なんだか雲行きがおかしい。アレッ?天気予報じゃ雨は降らないって言ってたのに。あーでもその天気予報はおとといの天気予報だった……。


『最大の敵』に続く
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2005年09月08日

第十回武勇伝 鎌倉−横須賀編〜山道への挑戦〜

葉山の下り坂『大仏の後ろには……』からの続き)
 しかし、横須賀までの19キロは、その数字以上に我々を苦しめた。横須賀への道はトンネルが多かった。ふと教習所で「トンネルは事故が多い」と教わったことを思い出した。しかも、歩道のないトンネルもあった。そんな危なすぎるトンネルで車に怯えながら、スピードを上げてトンネルを抜けるのに必死だった。昨日は感動すら覚えたトンネルも感動どころか恐怖を味わいながら通っていった。
 トンネルが多いってことは山が多いってことで、当然アップダウンも多い。それに加えて時刻は12時を回っていたので、暑さはその頃ピークに達していた。この日はランニング用の汗を吸収するTシャツを着てたので汗はそれほど気にならなかった。というかこの日はカラッとしてる暑さだったのかな。でも日差しは強かった……。
 坂といえばかつてラー博を目指し新横浜へ向かった武勇伝を思い出す。忘れもしない30℃はあるであろう急角度の坂。横須賀への道の坂はそれほどまでに急な坂ではなかったが、登る距離が長かった。しかもそれが何回も続けば当然キツイ。しかし、登った後には必ず下り坂が待っている。【長い距離登った後の坂は格別だ!】これと表現は似てるが【風呂あがった後のビールは格別だ!】とは微妙に違う。
 周りは山だらけで、緑ばっかだった。こんな大自然囲まれた武勇伝は今まで無かったので、暑いながらも結構楽しんだ。やっぱ自然はいいなぁと思った。自然に囲まれてるってこんなにいいことなんだと気づいた。
 山が無くなったな、としばらく漕いでいると、いつの間にかに横須賀市に入っていた。13時ごろに横須賀市に着いたので、鎌倉から大体2時間ちょっとかかった。この2時間で山をいくつも越え、トンネルも抜けてきた。この2時間は今までの武勇伝の中で最も濃密な2時間であっただろう。


『横須賀でのひととき』に続く
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2005年09月07日

第十回武勇伝 鎌倉−横須賀編〜大仏の後ろには……〜

鎌倉の大仏『海』からの続き)
 ふと目が覚めた。なんか明るいから7時ぐらいなのかな〜と思っていたが、まぁいいや、とまた寝た。また目が覚める。再び目覚めると時間は7時半を回っていた。朝飯は8時だったのでなんとか目を覚ます。
 朝飯もボリューム満載でやってきた。ご飯をおかわりすることは出来ずギブアップ。
 民宿を後にし、鎌倉観光へと出かけた。鎌倉駅のロータリーで飛び出したらバスにひかれそうになり、また死にかけた。
 鎌倉といえば大仏!ということで大仏を見に行った。大仏の拝観料は200円。鎌倉の大仏ってのは奈良のと違って大きくないって昔に学校で学んだけど、これでの十分大きいよ!って感じだった。ってか奈良の大仏がでかすぎるんだよ。あの教科書でしか見たことのない大仏を生で見れただけでも200円の価値はあったかなと思う。
 さらに大仏内に入るには20円。大仏の中に入れるのになんだかえらく安いなぁと思い中に入ってみた。中は空洞になっていて、なかなか面白かった。パンチパーマも中から見えた。上に続く階段があったんだけど、今は使われていなかった。登りたかったなぁ。100円でも多分入ったな。
 外に出て大仏の後ろに回ってみるとビックリした!!

大仏の後姿


 なんと大仏に窓があるではないか!!教科書には大仏の後ろなんて載ってないからこれにはホントに驚かされた。あーでもこれ観光のために空けられたんだったらちょっと冷めるなぁ。
 頼朝の墓とか、ほかにも行きたいとこはあったが、時間が無いので出発。次の目的地は横須賀。鎌倉から横須賀は19キロ離れていた。19キロという距離から、まぁちょっと頑張ればいける距離でしょ、なんせ俺らは宇都宮まで行ったんだからね!と余裕のブユウデニストたちだった。11時40分頃、鎌倉の海に別れを告げブユウデニストたちは出発した。


『山道への挑戦』に続く
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2005年09月06日

第十回武勇伝 鎌倉−横須賀編〜海〜

夜の海『初めての民宿』からの続き)
 鎌倉までの道にヘトヘトになっていたので、民宿で一息ついていたら、本来の目的を一瞬忘れていた。海に行かねば!!仕度を済ませ、海へとチャリで向かった。
 海が見えたときテンションは最高潮!!ポイントを探し、海へGO!海に入るのは幼少時代以来、水に入るのは高校のときのプールの授業以来と実に久しぶり!
 シュノーケルがあると言うので借りたが、マスクがなかったので息を吸ってみると鼻から水が入ってくる。これはキツイ。鼻をつまみながら息をしないとマスクなしシュノーケリングは出来なかった。足がつかない深いとこにいくと鼻をつまんでも、波が来るとシュノーケルの上の空気口から水が入ってきて、呼吸困難になる。なのでジャンプ!息を吸う!波!ジャンプ!息を吸う!波!……とやばくなってきて、シュノーケル復帰は絶望的となり、シュノーケルの力は借りず普通に泳いで戻った。ちょっと死ぬかと思った。
 なんだかんだと男三人ではしゃいでいたが、時間が経つにつれて寒くなってきた。明日の帰りもあるし、体調は崩せないと宿へ帰った。海に入るのが今回武勇伝の目的だったので少し不完全燃焼だった。
 帰り道に風呂入りたいね〜と言っていて宿へ帰ると「お風呂沸いてますよ〜」とおばちゃん。気が利くなぁ〜。
 夕飯は色んな食い物があり、ボリュームもたっぷりだった。中華街のバイキングで鍛えられた自称バイキング界の巨匠でもある我々は正々堂々立ち向かい、ついにはご飯のおかわりをもらうまで食べた。
 夕飯を食べ終え、眠くなったが、花火をやるぞーと眠気を覚まし、海岸に花火をやりに行った。しかしコンビニには【もう花火は発注しません】的な品揃えでブユウデニストを襲った。しょうがないので手持ち花火とトンボを購入。どうせならもっと派手なのやりたかったなぁといった花火だった。
 夜の海を見ていると、なんかこの世の終わりみたいな感じがした。暗いし、なんか地獄って感じでカッコよかった。
 今回の武勇伝は宇都宮のときと違って部屋でのんびりする時間があった。宇都宮はまったくゆっくり出来なかったので、その教訓から暇つぶし道具を持ってきていなかった。しかし、話の鬼でもあった我々は深夜1時まで、積もる話をしていた。ってか、こりゃあ明日やばそうだ、帰れるのかなぁと不安になりながらも1日目を終え眠りについたのであった。


2日目『大仏の後ろには……』に続く



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2005年09月05日

第十回武勇伝 鎌倉−横須賀編〜初めての民宿〜

鎌倉ゴミ箱『見知らぬ土地』からの続き)
 鎌倉街道を行くと上大岡という大きな駅に遭遇した。でけーなぁ、しかもデパートとかもあるよー!でも駅の名前知らなかったなぁ、と田舎もん丸出しだった。ここらにあったマツキヨで日焼け止めと安売りしていて一個100円のヴァームを2個購入した。どうでもいいが日焼け止めを買ったのは人生初めてだった。
 上大岡を出発してからは都会という都会はなく、ほのぼのとした景色になってきた。山道が増えてきて、アップダウンが増えてきた。坂を上ればくだりがあるので、下ったときは快感だった。ふと、高尾山武勇伝のときの武蔵小金井駅付近の坂を思い出した。しかし、坂の連続により体力は削られていった。
 鎌倉も近くなったと実感したのは、横須賀線の踏み切りを見たときだった。ちょうど電車が来ていた。いつも通学に使っているあの電車が……と感動した。思わず写真を撮ってしまった。
 もうすぐ鎌倉ってとこで十回に及ぶ武勇伝史上初となるトンネル越えを体験した!!チャリでトンネルを越えられるとは……とこれまた感動した。でまた記念に写真を撮った。
 北鎌倉駅あたりからずーっと下って、鎌倉の観光スポットらしきところに着いた。夏休みと言うこともあってか、観光客がわんさかいた。観光したいが、今日は海で泳ぐんだ!!と我慢し宿へと急ぐ。
 鎌倉には来たことがなかったが一瞬でかなりお気に入りになった。時間があるときにゆっくり観光したい!関東の近くにこんな雰囲気がいい街があるなんてねぇ、すばらしいじゃん!そういや柴又行ったときもそういう意味でサプライズした。
 14時ごろ、チェックイン予定の時間とは一時間早かったが、民宿に着いた。民宿って今まで行ったことなかったのでどんな感じなのか分からなかったが、民宿のおばちゃんがとてもいい人だった。なんか、友達の親戚の家に泊まらせてもらってるって感じで、アットホームにすごせた。

『海』に続く
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2005年09月04日

第十回武勇伝 鎌倉−横須賀編〜見知らぬ土地〜

鎌倉街道『バトル勃発』からの続き)
 バトル後はいつも通りに走り品川区を越え大田区にスムーズに着く。いつものスーパーOKに行き、格安の飲み物を買い、東京脱出。ここまで大体2時間。川崎も難なく通り過ぎ、10時半ごろようやく横浜の中心街に到着した。
 ここからは横浜を目的地としていた武勇伝とは違い進路を変更する。ここからは未知の領域である。期待と不安が入り混じりながら先に進んでいくと、道を間違えてしまった。国道1号を進んで行こうと決めたのに、1号から外れてしまったのだ。間違えた道はやたら坂道が多く、漕ぎづらい道だった。やはり、知らない道を走るのにはリスクが付きまとう。
 坂を下ると京急の日の出町という駅に辿り着いた。マックでメシを食べながら、現在地をなんとか把握した。食べたクラブハウスマックは、ボリュームがあった。まぁマックだからそんなにおいしいって感想はなかったけど。三段バーガーは食べにくい!
 今回の武勇伝は参加メンバーが皆、多忙ということがあり、事前の準備が甘かった。いつもならある地図も今回は簡略図しかなく、予習もしていなかった。しかし、そんなことをいっても仕方ない。現在地と進むべき道が分かったので先に進むしかないのである。
 メシを食べ終わり、再び鎌倉に向けて出発した。そのころ時間は12時を回っていて、日差しは絶好調に降り注ぐ。あっちーよ。暑さ対策にサッカーのユニフォーム(バイエルンミュンヘン)を着るという作戦で対抗したが、これは見事に功を奏した。普通のTシャツなんて着てたらベタベタ攻撃を喰らって疲れも倍増していたであろう。
 少し行くとついにやってきた!鎌倉街道!その表示を見た我々のテンションは上がる一方であった。


『初めての民宿』に続く
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2005年09月03日

第十回武勇伝 鎌倉−横須賀編〜バトル勃発〜

でかいビルprologueからの続き)
 当日を迎え朝7時20分に鎌倉へ向けてスタートを切った。ここから鎌倉へ行くには横浜を経由するので、まずは横浜に行くことが目標である。横浜に行きなれていた我らブユウデニストには容易いことだと思われた。
 しかし、3月以来武勇伝から離れていた我々はそのブランクからか、横浜までの道のりで苦戦を強いることとなった。
 浜離宮を越え、海岸通りをひたすら走っていたとき、ヤツらはやってきた。マウンテンバイカーたちだ。本格的なマウンテンバイクに乗り、我々をサッと抜いていったのだ。しかし、信号につかまっていて再び追いつく。そこで、ブユウデニストであるプライドからか、一人がマウンテンバイカーに戦いを挑んだ。バトルスタートである。ブユウデニストは一人が行くと後ろもついていく。そのとき、マウンテンバイカーが後ろをチラッと気にした。俺らのことを意識してるな!と勝手に舞い上がり、追う側にも力が入る。(多分車道に出ようとしたときに後ろに車がいないか目視をして確認していたのだろう)。そして数分追いかけたがヤツは進路を変え、我々とは違う方向に行ってしまい、バトルは終わった。
 あぁ〜疲れたー、と一息ついていたら今度は違うバイカーがやってきた。「次は俺の番だ!」と気合を入れヤツを追いセカンドバトルスタート!追ってみると結構追えるもので、「なんだーそんなに早くはないんだな」と思い、少しスピードを緩めてみる。するとみるみるうちに離されていく。なので、すぐに90%の力を出して追った。そのとき、こいつらは90%以上じゃないと追えないと悟った。こっちは90%を出しているので、次第に疲れていき離されていって信号も変わり、バイカーは遠く彼方へ去っていった。
 始めに追っていた仲間のブユウデニストは「ヤツらは本気じゃなかった。」と言っていた。確かに疲れた様子はなかった。俺らは本気なのに、ヤツらは本気じゃなかった。だからママチャリの俺らでも追えるんだなぁ、という結論に至った。クソッ!と思いながらも、ちょっと競技用のチャリに嫉妬した。
 バトルを終えた我々を待っていたのは足の疲労だった。私は左のハムストリングのあたりに痛みを感じた。この痛みは旅の終わりまで続くこととなった。


『見知らぬ土地』に続く
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2005年09月02日

第十回武勇伝記念大会 鎌倉−横須賀編〜prologue〜

鎌倉の海 海に行きたい!!ということで、今回の武勇伝の目的地は大磯へ決まった。しかしその後、リサーチにより大磯への距離は70キロ超ということが分かった。日帰りになると距離は140キロを越え、一日の距離では宇都宮よりも多いことになる。これでは海で遊べないということで目的地を鎌倉にある由比ガ浜に変え、2日間に及ぶ武勇伝にすることに変更した。
 十回を迎え、記念大会となった武勇伝だったので、始めは宇都宮を越える距離を走りたいと思ったが、海で遊ぶということが目的だったので距離にはこだわらないことにした。由比ガ浜までは60キロといったところである。海で遊ぶと武勇伝の比は7:3ぐらいと言ったところか。
 距離にこだわらなかったが、この武勇伝が宇都宮に匹敵するぐらい過酷な旅になるとは思いもしなかったのであった。

『バトル勃発』に続く
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2005年07月18日

武勇伝とは

 武勇伝とは、チャリ(ママチャリ)で旅をすることです。0メートル地帯で有名な東京のK東区からスタートをし、目的地へと向かいます。
 今までに十四回行われ、これまで横浜中華街やラーメン博物館、八王子に宇都宮や鬼怒川に行きました。

 今までの実績

 2001年8月
第一回 横浜中華街
 2001年10月
第二回 横浜中華街
 2002年5月
第三回 新横浜ラーメン博物館
 2003年2月
第四回 横浜中華街
 2004年4月
第五回 横浜中華街
第六回 横浜中華街
 2005年2月
第七回 高尾山(八王子)
 2005年3月
第八回 宇都宮
 2005年3月
第九回 横浜
 2005年8月
第十回 鎌倉−横須賀
 2006年3月
第十一回 横浜カレーミュージアム
 2006年3月
第十二回 横浜中華街(国道1号編)
 2006年5月
第十三回 宇都宮−鬼怒川
 2006年9月
第十四回 高尾山

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2005年07月11日

第八回武勇伝宇都宮編〜餃子を求めて〜復路

c980e799.JPG 宇都宮のホテルに泊まり、ついに帰りの朝がやってきた。
 メンバー4人の内、2人の調子が悪いということで、車を借りて自転車を積んで帰ろう、という作戦に出た。……しかし、この時期は引っ越しのシーズンということもあり、大きな車がなく断念。そこで、自転車を宅配便で送り、電車で帰ろうという作戦に転じたが、一台一万はかかると言われ、これも断念。
 結局、本来通り、自転車に乗って東京まで帰ることにした。
 行きは宇都宮までひたすら上ってきたので、帰りは下りになるのである。なので、行きよりは楽に帰れるだろうと思っていた。

 しかし、道は下りなのに前からはものすごい風が吹き行く手を阻んできた。風が強すぎて、小山に着く頃には皆疲れ果てていた。
 小山に着いたとき、時刻は13時を回っていた。そういえば、ちょうど丸一日前もほとんど同じ時間、小山にいた。昼食を取り腹を満たした一行は、再び東京に向かって自転車を漕ぎはじめた。
 吹いていた風も次第に弱くなっていった。休息を繰り返し、埼玉に戻ってきたときには日が落ちようとしていた。
 そして難関の“アップダウン”を乗り越た頃、日は沈んでいた。
 なぜか、この日は凄まじいほどの尿意に襲われ、その度にコンビニのトイレに行っていたのだった。この旅はコンビニなしではとても達成出来なかっただろうと改めて思った。

 4号と新4号の合流地点に達し、一行は腹をすかせた。ラーメンかカツ丼を食べたい!と言っていたら、ラーメン屋がいくつかあった。しかし、決定打が出ずにスルーした。そこに”かつや”があった!もうこれしかない!一行は即座に自転車を止め、かつやに入っていった。
 こういうときに食べるカツ丼はうまい!いやマジで。
 あーうまかったーとお腹一杯になり、パワーもチャージした一行は気合いを入れて自転車を漕ぎ始めた。
 そこで思いもしなかった事態が発生した。仲間の自転車がパンクしてしまったのだ。なぜ……ここまで来て……と一行のテンションはどん底まで落ちていった。

 越谷からパンクした自転車を漕いで東京まではやって来たが、東京に入って自転車が走行不能になってしまった。仲間は、竹の塚駅から電車で帰っていった。武勇伝史上二人目となるリタイヤであった。
 次回武勇伝に行くときは、必ずパンク修理キットを持っていこうと心に誓った。
 東京に帰ってきたと行ってもまだ先は長い。テンションがすっかり下がった一行は、重い足取りで自転車を漕いでいった。
 とある橋に差し掛かると、検問に引っ掛かった。警察官からどこから来たの?と聞かれると、仲間と顔を合わせ思わす笑みがこぼれた。

 検問を抜け、しばらく走り4号を曲がる地点へ着いた。今までありがとうと戦友に言葉を残して4号を後にした。
 そこからは一時間ぐらいで家の近くの出発地点へと帰ってきた。ちょうど日付がかわり、私は20の誕生日を迎えた。かけがえのない10代最後のひとときを武勇伝と共に終えたのだった。
 しかし、ずっと一緒に戦ってきた仲間のリタイヤというショッキングな出来事に、一行の喜びは薄く、達成感もあまり感じられなかった。



 しかしその4日後、我々再び武勇伝へと旅立つのであった。その話はまた今度の機会に。
posted by ヅラ at 00:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 武勇伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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