武勇伝(ママチャリの旅)について書かれています。チャリの旅はいいよ〜!

[PR]■□【毎日懸賞】でデジカメや金券をGETしよう!□■ 毎日懸賞

2005年03月28日

第八回武勇伝宇都宮編〜餃子を求めて〜往路

宇都宮 3月24日と25日に第八回武勇伝が行われた。今回の武勇伝は走行距離が片道120キロ。往復にすると240キロ。さすがに日帰りは無理だろうと、ホテルを取り一泊二日という日程に落ち着いた。
 時速10キロで走ったとしても12時間もかかるということで、出発時間を従来の武勇伝より大幅に早めて4:30に設定した。この時間なら時速10キロで行ったとしても16:30には宇都宮に着くことが出来る。予報では夕方から宇都宮で雨が降るということだったので、それまでには着きたい、という目標だった。
 朝の4時、まだ都会の道は暗い。暗いうちに日光街道に到着。ここから宇都宮まで一本道だ!と写真撮影をしていると、コワイ兄ちゃんに睨まれるという事件が発生する。何事も無くその場は収まったが、これからの波乱を予感させる出来事だった。
 しかし、それからは何事も無く6時を少し回ったところで埼玉県に突入。そこから約一時間、国道4号と新4号が分かれる場所へと着く。どちらの道に行っても目的地である宇都宮には行くことが出来る。我々は、検討した結果、少しでも近い4号を選んだ。
 そこから10分で春日部市に入った。そこで我々は空腹と疲労から朝マックを食べるのだった。ここまでですでに40キロは来ただろうか、いつもの横浜ならゴール地点である。しかし今回の武勇伝ではまだ三分の一にしか満たない。しかし我々は「まだ朝なのにもうそこまで来たかー!」とテンションは上がる一方であった。
 この日は気温が平年並みで、間違いなく武勇伝日和だった。着ていた上着を脱ぐ者も現れた。
 埼玉の終わりが近づいた頃、通称”アップダウン”と呼ばれる、歩道がアップダウンしている難所に差し掛かる。始めは車への恐怖から、おとなしく歩道に沿ってアップダウンを繰り返していた。しかし、アップダウンの数があまりに多く、なかなか終わる気配も無いので車道を走ることにした。すると体力の消耗は緩和された。だが、歩道を車道から離しているだけあって車道の制限速度は50キロ。実際にはもっと出ているだろう。その中我々は車道の端を慎重に走っていた。
 アップダウンも終わると同時に埼玉県も終わった。9時50分頃、茨城県へと突入した。武勇伝史上初の三都県目ということでテンションが落ちることは無かった。
 茨城に入ると同時に田舎度が増してきた。これでは東京に憧れるのも自然である。しかし、東京の人間は田舎暮らしに憧れを抱く。人間という生き物は無いものねだりなのだなと武勇伝中ながら感じた。
 先の休憩から2時間経ち、疲労も溜まってきた。そこにミニストップが目に入ってきた。我々が走っていた歩道とは逆側に店舗はあったが、なかなか変わらない信号を渡りコンビニへと向かった。ミニストップは店内にテーブルと椅子があり、ゆっくりくつろぐことが出来る。まさにブユウデニストの味方だ。ここでゆっくり休み宇都宮に向けて再度出発した。
 その茨城県にも1時間といることは無かった。ついに今回の最後の県、栃木県へとやってきた。栃木に入って20分経過した11時10分頃、小山市に入った。小山と言えば
 「おや〜まゆーえんちぃ〜」
 である。少年時代に誰もが真似したアレである。そこで、小山ゆうえんちの看板があった。少年の頃に誰もが来たいと思っていた小山ゆうえんち。そこまであと少しである。しかし、ゆうえんちが見える前に時計は12時を回っていたので、小山市の真ん中あたりのバーミヤンに入った。ここまで7時間半、いいペースだ。このまま行けば予定より早く宇都宮に着くことが出来るだろう、と安堵につつまれていた。あと30キロなんて屁でもないね!という空気が我々の中で漂っていた。
 バーミヤンのランチメニューを食べ終えた我々は小山ゆうえんちを目指し漕ぎ始めた。するとすぐに小山ゆうえんちに到着する。小山ゆうえんちは2005年2月をもって閉園していた。あともう少し早ければ……華やかなゆうえんちが見ることが出来たかもしれなかった。現在はゆうえんちに隣接している施設が営業しているだけで、物寂しかった。旅の途中で、現実の厳しさを突きつけられた気がした。CMを見た当時より時を経て大人になった我々は、ゆうえんちの入り口で記念写真を撮った。
 小山ゆうえんちを後にした我々には「もう着いたも同然」という意識があった。しかし、それは大きな間違いだった。漕げども漕げどもなかなか前に進まない。なぜだ……ここまできてカベにぶちあたってしまった。
 苦戦の中、我々はローソンに立ち寄った。そこのコンビニは駄菓子屋みたいな雰囲気が漂い、あらゆる商品にPOPが付けられていた。バイト募集の張り紙さえも、面白おかしく書かれていた。私はコンビニのバイトをやっているので、同業者への目は厳しい。その私からしてみても、このコンビニはかなりレベルが高い。POPというのはこんなにも楽しいものなのか、と勉強になった。
 そのコンビニから少し行くと最後の市、宇都宮市へとようやく着いたのである。宇都宮市との感動の対面を果たし、ここで更に我々の気が抜けてしまい、漕ぐ足が重さを増す。宇都宮の市街地は遠く、一行のペースも落ち、ホテルのある宇都宮中心部へ到達するまでに一時間かかってしまう。 16時、ついに目的地宇都宮に到着したのである。東京からの所要時間は休憩も含め11時間30分。時速10キロよりちょっと早いぐらいだった。宇都宮に到着した我々は心身共に疲れ、一刻も早くホテルに行きたかったが、ホテルに行けば寝てしまうことは目に見えているので、餃子屋へと向かった。
 その途端、薄暗い空から小さな粒が落ちてきた。その粒は大きさを増し、あっという間にどしゃ降りに。予報通りだった。誰もが宇都宮に着いてからで良かった、と胸をなでおろした。
 雨の中、早速「みんみん」と「正嗣」の二店を立て続けに食べた。食べてみて、うまいことには変わりないのだが、私には味の違いが分からなかった。降りしきる雨の中、お土産を求めJR宇都宮駅へ。私は大好物である、郡山名物の薄皮饅頭を発見してしまう。ここは宇都宮だったが、大好物だったので購入。それでは宇都宮ではないので、餃子パイを購入した。餃子パイは525円と土産にしては安い。しかもなかなかうまいのでオススメだ。
 宇都宮駅から、ワシントンホテルに向かう。朝4時半という出発時間から、寝ないで武勇伝に参加していた2名をホテルに残し、比較的元気な私ら2名は新たな餃子を求めて宇都宮の街に繰り出していった。
 ホテルの近くにある「香蘭」へ。ここは焼き餃子が揚げ餃子かと思うくらいで、揚げ餃子は皮が厚く、歯ごたえ抜群であった。
 次に、「来らっせ」に行った。ここではたくさんの店の味が楽しめるということで二人で4店分頼んだ。たくさんの店の餃子を食べたが、結論は味の違いが分からない。素人には太刀打ちできなかったのである。来らっせと同じ階にゲーセンがあり、エアホッケーがあったので疲れた体に鞭を打ってやった。結果、私が勝った。……こんなことはどうでもいいか。
 腹が満たされた私らはホテルに戻り、眠りに就いた。


      復路に続く
posted by ヅラ at 14:30| Comment(0) | TrackBack(3) | 武勇伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック


Excerpt: 日光街道日光街道(にっこうかいどう)は、江戸時代の五街道の一つ。徳川将軍の日光東照宮への参詣の目的で敷設された。日本橋 (東京都)|日本橋(東京都中央区 (東京都)|中央区)を起点として、日光坊中(栃..
Weblog: 街-NAVI
Tracked: 2007-08-01 14:34

試写室にてwww
Excerpt: お互い家でするのは嫌だし、ホテルってベタだし・・・試写室でヤってきたww スリルあるし密室感あるし普通よりスンゲー興奮したwwwwww 女もスゲエ濡れ濡れで何回もイってたしw おかげで10マソも貰えた..
Weblog: 暴走
Tracked: 2008-10-25 03:36

スッキリ♪
Excerpt: ちょw 山ちゃんに教えてもらったとこウマすぎwwww そらロレックス買えるわなって話(^^; 試しにやってみたんだけどさ、初めてなのに5万貰えたわwwwww http://aZelTihv.sefr..
Weblog: ねつら
Tracked: 2008-12-06 20:37
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。